千原ジュニアさんは大きなバイク事故で顔の大手術をしていますがなんでも事故前が怖すぎるんだとか?事故前の顔はジャックナイフと呼ばれ、周囲に怖がられていました。しかも顔だけでもない?果たして、千原ジュニアさんの事故前の怖すぎな理由!事故前の顔を変えたまさ火のあの人についても調べてみました!
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目次
千原ジュニアの事故は何があったの?
2001年3月26日の夜千原ジュニアさんはバイクで自宅へ帰っている途中、タクシーと衝突しそうになります。
たまたま乗っていたバイクは修理から戻ってきたばかりということもあり、せっかく戻ってきた自分の愛車を傷つけたくないという思いから、バイクを倒すのではなく、ハンドルを切って避けることを選択しますが、そのせいでガードレールに顔面から突っ込むという事故を起こしました。
バイクを守るなんて、、、どんだけバイク好きなの!と思わずツッコミたくなりますが、
助かって本当によかったですよね。
千原ジュニア復帰を諦めるほどの事故だった!
その事故はかなり壮絶なものでした。
症状から言うと前頭骨骨折、鼻骨骨折、下顎骨骨折、頬骨骨折、上顎骨骨折、眼窩底骨骨折、眼窩内壁骨折、おでこの神経を切るというものに加え、眼球の受け皿である眼窩低と内壁を骨折したことにより、眼球がだらんと下がっていたそうです。
普通に考えても生きていることが不思議なくらいです。
すぐに運ばれた病院での手術が成功してくれてなんとか一命を取り留めたということですのでどれだけ大変だったかは想像できますね。
千原ジュニアさんは意識が戻りましたが、あまりにも変わり果てた自分の姿を見てもう表舞台に上がるのは無理だと思い、本気で作家になることを考えたそうです。
作家とは、、!
確かにお笑いの知識を生かして作家になるのも千原ジュニアさんなら余裕かもれません。
ピースの又吉直樹さんも小説家として大成功していますし、いつか千原ジュニアさんの作品も見てみたい気もします。
千原ジュニア事故前の顔はどんなだった?
聞いたことも多いと思いますが、千原ジュニアさんは事故よりも前、周りからはジャックナイフと呼ばれていました。
その所以はすぐにキレて暴力を振るうことや、怖すぎる顔、そして簡単に言うと態度など全てが尖っていたからだそうです。
実際に顔は今とは全く違い、目は一重で切れ長、アゴもしゃくれて尖って見えます。
あたりまえですがやはりその頃のほうが兄の千原せいじさんに似ている部分もありますね。
でも実際当時の千原ジュニアさんのような方と街ですれ違ったりしたら道を空けるでしょうし、絶対に目を合わせないと思います。
そう考えると今の人気は事故もターニングポイントだった?と言えるのかもしれません。
今や人の良さそうなつぶらな可愛い印象さえありますよね!
千原ジュニアは幼少期から恐すぎた?
現在でも千原ジュニアさんが中学生時代から家に引きこもりがちになり、学校へ行かなくなったという話は有名ですが、調べてみるとやはり幼少時代から驚きのエピソードがありました。
小学生の頃は周りの子達と一緒に悪さをすることもあったようですが、その中でも特に目立って見えた千原ジュニアさんは周りの友達の保護者からも煙たがられる存在になっており、友達の家に遊ぼうと誘いに行っても、今はいませんと断られるようになったそうです。
実際にその親たちが「千原君とは遊んだらアカン!」と子供に話しているのが聞こえてきたこともあったと話しています。
当時千原ジュニアさんの地元では公立の中学校へ行くことが普通でしたが、稀に受験をして中学校から中高一貫の私立の学校へ行く子がいました。
その私立へ行く子供は公立の黒い学生服ではなく、青い制服を着ており、一目置かれた存在になっていました。
千原ジュニアさんは周りの連中を見返したいと親へ塾に行きたいと頼み込み3ヵ月塾に通わせてもらった結果見事その私立の中学校へ合格します。
ただ青い制服を着て周りを見返すことが目的だった千原ジュニアさんは目的を達成してしまい、入学しても大学受験を目標に勉強をする同級生に馴染めず、学校へは行かず家へ引きこもりがちになりました。
何とか高校へは進学できましたが時々学校へ行っても周りと全くしゃべることはなく、時々暴力を振るったりすることもあり、周りからは気持ち悪がられていたそうです。
ある日の高校の帰りにもうこんな所に行っても意味がないと思い、帰り道の橋の上から川に向かって青い制服を投げ捨て、それ以来学校へは行っていないそうです。
目標が青い制服を着ることだったのが千原ジュニアさんらしくていいですよね。
川に向かって憧れの制服を捨てるとは、よっぽどの決意がないとできませんよね。
学校へ行かないともう決意していたんですね、、。
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千原ジュニアの事故前の顔を救ったのは有名なあの人?
バイク事故に遭って以前とは変わり果てた自分を見て一時は表舞台にはもう戻れないと考えていた千原ジュニアさんですが、周りの友人や芸人仲間からの励ましもあり、もう一度芸人として復帰することを決め、形成手術を受けることを決意します。
そのために手術をお願いした人物はあのCMでも有名な高須クリニックの院長、高須克弥さんなのです。
このことはケンドーコバヤシさんと一緒にやっている「にけつッ!!」という番組内で語っています。
骨の代わりにチタンを12枚入れる大変な手術だったそうですが、実際に手術は高須院長が担当してくれたそうで、手術前にパソコンで術後の状態を説明した後手術をしてくれ、終わりましたと言われて顔を見たら、何も変わっていなかったため、なんやこれ?って思い不安でしたが、そこから自宅療養を経て、気がついたら今の顔になったそうです。
千原ジュニアさん自身この手術を語りながら、今があるのは両親、お兄さんの影響もあるが、最終的には高須院長のおかけです。
と見事なオチをつけて披露しています。
高須委員長が千原ジュニアさんの今の人気の一部を担っていたなんて、、すっごく頼りになります!!
千原ジュニアはバイクのために事故にあった?事故前怖すぎでもバイク好き!
千原ジュニアさんはこれまで述べた通り自分のバイクをかばってかなり激しいバイク事故に遭っていますが、現在もバイクに乗っています。
アメトーークのバイク大好き芸人でも主要メンバーとして出演するくらい今でもバイクが大好きなようです。
もともと事故に遭う前バイクに乗ることになったきっかけはバイクに乗る役でドラマに出演することになり、免許のお金を制作サイドが負担してくれることになったことから始まりました。
免許を取って4ヵ月で事故に遭い長期間休むことになり、それからバイクにはずっと乗っていなかったそうですが、ある番組の企画でバイクを買おうということになり、その企画の後再びバイクに乗るようになったそうです。
そういえばおぎやはぎの矢作さんもバイクで事故を起こし休んでいた時期がありますが、現在も乗っているようです。
普通に考えると生死を彷徨うような大きな事故の後はトラウマになってもおかしくないように思いますが、それでも乗りたいと思わせるバイクにはすごい魅力があるんでしょうか?
千原ジュニアは嫁とフライデーに載っていた?
千原ジュニアさんは現在の奥さんとまだ結婚前の付き合っている段階でフライデーされています。
2015年9月11日発売のフライデーで報じられた記事を確認すると、
8月中旬の19時頃表参道で待ち合わせをした2人は原宿のカフェでお茶をした後車で消えていきましたという内容です。
フライデーの記者から直撃された千原ジュニアさんは「初デートです。もっと関係が落ち着いてからがよかったのに!」と交際を認めるコメントをしています。
千原ジュニアさんは日産セドリック330型という車に乗っています。
見てもらったらわかりますが、かなり目立つ車です。
きっと週刊誌の記者の方も見つけやすいですよね!
千原ジュニアプロフィール
本名 千原浩史(ちはらこうじ)
生年月日 1974年3月30日
出身地 京都府福知山市
趣味 漫画、旅行、ボクシング、食事
所属 吉本クリエーティブエージェンシー
コンビ名 千原兄弟
千原ジュニアの事故前が怖すぎる!事故前の顔を変えたあの人って誰?まとめ
今や日本を代表するお笑い芸人の千原ジュニアさん。
現在では多数のレギュラー番組を持ち、朝の情報番組ビビットでもコメンテーターとして出演しています。
そんな千原ジュニアさんですが、デビューしてから10年ほどは今のキャラクターからは想像できないほどの強面の芸人さんでした。
そしてバイク事故で手術、入院と壮絶な人生を送っています。
まさか高須クリニックの院長先生が手術をしていたということを知った時は驚きました。
ただ手術をしてからも一定期間は高須クリニックにお世話になったと話は意図的にしていなかったのではないかと思います。
どうして発表することになったのか?
それもたくさんの番組に出演する千原ジュニアさんがどうしてケンドーコバヤシさんとの番組を選択したのか?
これは是非千原ジュニアさんが語ってくれる日がくることを楽しみにしたいと思います。
引用:https://withnews.jp/article/f0180827000qq000000000000000W09i10101qq000017448A
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