サニブラウンアブデルハキーム選手といえば日本陸上で二人目の9秒台!父親ラティフサニブラウンさんや母親明子さんがスゴイ?国籍が日本人じゃないで炎上?食育がプロ?高校はどこ?サニブラウンアブデルハキーム選手の父親や母親や高校!国籍や食育や成績も!徹底的にまとめました!
目次
サニブラウン日本人2人目の9秒台!
サニブラウン・アブデル・ハキーム選手は日本陸上界で最も将来が期待される選手の1人です。
そんなサニブラウン・アブデル・ハキーム選手は2019年5月11日にアメリカのアーカンソー州フェイエットビルで行われた大学南東地区選手権男子100m決勝で、9秒99(追い風1.8m)のタイムを叩き出し優勝しました。
日本の100mでの9秒台といえば桐生祥秀選手が2017年に日本人史上初の9秒台となる、9秒98を記録していますので今回のサニブラウン・アブデル・ハキーム選手の記録は日本人では史上2人目ということになります。
数年前まで日本人が100mで10秒を切ることは難しいとされ夢の話のように扱われてきましたが2020年に東京オリンピックを控えたこの時期に今回のサニブラウン・アブデル・ハキーム選手のニュースはではとても明るいニュースですよね。
オリンピックがさらに楽しみになります。
サニブラウン日本人じゃない発言で炎上?ネットでは議論!
サニブラウン・アブデル・ハキーム選手が100mで日本人2人目となる9秒台を出したことが話題となっています。
しかし今回の記録を素直に喜ばない人たちもネット上ではいるようで、サニブラウン・アブデル・ハキーム選手の記録に対しては否定的な見方をしている人がいます。
そういう人たちの意見をまとめるとこうです。
サニブラウン・アブデル・ハキーム選手は外国人の血が入っているため純粋な日本人ではない!
ずるい、反則!
見た目からして外国人なんだから走るのが早くても不思議ではないしこれを日本人2人目の9秒台と呼ぶのはオカシイ!というものです。
たしかに何も知らずにサニブラウン・アブデル・ハキーム選手を街で見かけたら外国の方だろうなと思うでしょう。
しかしサニブラウン・アブデル・ハキーム選手の国籍は日本ですので正真正銘の日本人です。
こういうサニブラウン・アブデル・ハキーム選手のようなケースはスポーツ界でここ数年かなり増えてきています。
同じ競技で言えばケンブリッジ飛鳥選手がそうですし、他の競技ではテニスの大坂なおみ選手やバスケットボールで話題の八村塁選手もいます。
昔からスポーツ界では日本国籍をもつ外国人選手のことが話題になることが多くあります。
ただ当時と比べて最近では話題になる話は少し変わってきているのではないでしょうか?
それは昔のスポーツ界での話題は外国人の選手が日本国籍を習得するいわゆる帰化をして日本代表になるケースが多かったからです。
これはサッカーのラモス瑠偉選手や呂比須ワグナー選手が有名ですし、ラグビー界でも多くの選手がその方法で日本代表入りしています。
他にも相撲界では小錦や曙が帰化をしていました。
ですが、ここ最近では両親のどちらかが外国人のため見た目は外国人のように見えるが国籍は生まれた時から日本というケースです。
こういうケースは本当にここ数年で多くなってきた話です。
そのためサニブラウン・アブデル・ハキーム選手が出した記録を純粋に喜べない人の気持ちはわからないでもないですが、島国日本特有の考え方という古い風習はもう捨て、少しずつこういったスポーツ界の時代の流れに慣れていけるのが良いのではないかと思います。
サニブラウン父親はどんな人?弟は?
日本人では史上2人目となる100m9秒台を記録したことで話題になっているサニブラウン・アブデル・ハキーム選手ですが、日本人のお母さんとガーナ人のお父さんの間に生まれました。
兄弟は弟がいるようです。
ここではお父さんと弟にスポットを当てて見ていきたいと思います。
まずお父さんですが名前はラティフ・サニブラウンさんといいます。
スポーツ選手ではないようですが、都内でスポーツバーを経営しているそうです。
お店の場所や名前は残念ながら不明でした。
弟はサニブラウン・アブデル・ハナンといいます。
お兄さんよりは7歳年下でサッカーと陸上をやっているそうです。
兄のサニブラウン・アブデル・ハキーム選手も小さい頃はサッカーをやっていたそうですが、小学3年生から本格的に陸上に専念したそうですので弟のサニブラウン・アブデル・ハナンくんもそんな日が来るかもしれませんね!
サニブラウン母親は元陸上選手?国籍や年齢は?宗像市?
日本人史上2人目の100m9秒台の記録を出したことで話題のサニブラウン・アブデル・ハキーム選手の家族については先程お父さんと弟を紹介しました。
ここでは日本人のお母さんについて見ていきたいと思います。
サニブラウン・アブデル・ハキーム選手のお母さんは現在はサニブラウン・明子という名前です。
名前にサニブラウンとはつきますが、日本人です。
旧姓は伊藤さんというらしいです。
福岡県宗像市出身で、宗像高校時代には100mと100mハードルでインターハイ出場経験があるそうです。
サニブラウン・アブデル・ハキーム選手へも小学3年生の時にお母さんの薦めでサッカーを辞め陸上へ専念するようになったというのも頷けます。
サニブラウンを目覚めさせた母の言葉や食育!
日本人史上2人目の100m9秒台の記録を持つサニブラウン・アブデル・ハキーム選手ですが、先程お母さんが日本人で高校時代には陸上でインターハイへの出場経験をもつスーパーお母さんだったことは紹介しましたが、高校を卒業後は専門学校を経てスポーツメーカーに勤務していたこともわかりました。
そのためサニブラウン・アブデル・ハキーム選手へは経験者としてアドバイスもしてきたようです。
さらに自身の人脈を生かして小学生の時には名門の陸上クラブへ所属させ、サポートをし、もちろん母親ですので食べ盛りの息子のために毎日5合のお米を炊くなど食事面でもしっかり支えています。
サニブラウン・アブデル・ハキーム選手は高校卒業後の2017年9月からフロリダ大に進学し、活動の拠点をアメリカに移しました。
しかし周りの期待とは裏腹に2018年5月残念ながら怪我をしてしまいます。
落ち込む息子を励ましたのはお母さんの国際電話だったそうです。
お母さんはただ優しい言葉をかけるだけではなく、故障を繰り返すのは、練習の姿勢や、普段の生活にも問題があるのではないか?と言った厳しい言葉も投げかけ離れていても応援を続けたそうです。
その甲斐あってか落ち込んでいたサニブラウン・アブデル・ハキーム選手は電話を受けた後の母の日には「Its mother’s day! Need to thank my mom for waking me up for not doing things right!」(「きょうは母の日! 間違ったことをしていた自分を目覚めさせてくれたママに感謝しないとね!)とツイッターで母への感謝の気持ちを伝えています。
普通のお母さんではなかなか難しいでしょうが、明子さんは自身が選手という経験があるからこそできることですね。
サニブラウン高校や成績がすごい?ボルトを超えた?
サニブラウンアブデルハキームさんの出身高校は城西大学付属城西高校で偏差値は54前後です。スポーツが盛んで近年陸上部が全国的に強豪としても知られています。
陸上部の顧問はシドニーオリンピックにも出場した山村貴彦さんです。
オリンピックを1年後に控えたこの時期に100mで10秒の壁を越えて今後さらなる活躍が期待されるサニブラウン・アブデル・ハキーム選手ですが、これまでの成績を振り返るとやはりスゴイ選手でした。
ここではその素晴らしい成績を簡単に振り返ってみたいと思います。
サニブラウン・アブデル・ハキーム選手の名前が全国に知られるようになったきっかけは、2015年で当時高校2年生の7月に出場した陸上世界ユース選手権でした。
この大会で100mと200mの2冠を達成し、しかも200mでは人類最速の男ウサイン・ボルトが持っていた大会記録を更新する、20秒34を出してことです。
ボルトの記録を抜いたことで、一気に日本陸上界の星と持ち上げられることになりました。
サニブラウンプロフィール
本名 サニブラウン・アブデル・ハキーム
国籍 日本
出身 福岡県北九州市
生年月日 1999年3月6日
年齢 20歳
種目 短距離走
大学 フロリダ大学
身長 188cm
体重 83kg
サニブラウンアブデルハキーム父親や母親や高校や現在!国籍や食育がプロ?まとめ
今回は日本人史上2人目の100m9秒台の記録を出したサニブラウン・アブデル・ハキーム選手について色々と書いてきました。
もともと短距離の選手だったお母さんのDNAに加えてガーナ人のお父さんの身体能力が加わったことで素晴らしい才能をもって生まれたサニブラウン・アブデル・ハキーム選手にはこれからさらなる期待をせざるを得ません。
今回の9秒99の記録を出したのは5月11日で母の日の前日でした。
この大会には会場に日本からお母さんを招いていたそうです。
お母さんの見守る目の前で9秒台の記録を出したサニブラウン・アブデル・ハキームはもっていますし、これはお母さんにとっても最高の母の日のプレゼントになったことは間違いありません。
これからのサニブラウン・アブデル・ハキーム選手の活躍を見守っていきたいと思います。
引用:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190606-00000077-sph-spo.view-000